言語聴覚士が行う検査~SLTA病に罹患するST~
はじめまして、karashirenkonです。
昨日は神経心理学検査はたくさんあるのに、経営上の理由などにより、実際、ST(言語聴覚士)の臨床で行われている検査は
(1)標準失語症検査(SLTA)
(2)レ―ブン色彩マトリクス検査(R-CPM)
の2つが主であることをお話しました。
今日は、そのように実際される検査が限られることによる弊害をお伝えしようと思います。
まずはSLTAについて少し説明をさせていただきます。
この検査は、言語を聞く、話す、読む、書くそれぞれの機能を評価できるものです。
また、失語症を評価する上で重要な機能である呼称(眼前のものの名前を言うこと)について、頻度の高い語から低い語までひととおり評価できます。
同じく重要な評価である復唱(検査者の言ったことを繰り返すこと)についても、単語と文、両方で評価できます。
書字機能も、漢字・仮名両方で評価できます。
さらに、評価が各項目で段階評価されるため、
一回SLTAを実施したのち、時間を置いて再実施し、両者の成績を比較することで、改善の経過を追うことができます。
なにより標準化された検査であるというのも大きな利点です。
標準化については下記のサイトがわかりやすいのでご参照ください。
このように利点がいろいろとあるSLTAですが、
その反面、SLTAに頼りすぎてしまう危険があります。
特に昨日お話したように、神経心理学的検査をSLTAぐらいしかもっていないと、
1から10までSLTAに頼って評価してしまうことがあります。
地区のSTの勉強会に出ると、そんな症例報告に出会うことがあります。
症例報告の発表の前に配られた資料に目を通すと、
実施した検査はスクリーニングとSLTAとR-CPMのみのようです。
神経心理学的症状の項には、失語のことは詳しく書いてあり、SLTAの結果も詳しく書いてあります。
しかし注意機能や視空間認知機能など失語以外の神経心理学的な症状についてはあまり書かれていません。
発表が始まります。
発表者であるSTは、やはり失語のことばかり言及します。
症状改善についての言及の際は、「呼称の成績が10点から20点にあがりまして…」と点数だけで説明されていきます。
喚語困難(言いたい言葉が出てこないこと)はまだ残っているのか、錯語(意図したものとは別の語を言ってしまうこと)はどんなものがあるのか、とか、
質的な評価に関する説明がありません……。
こういう状態を、私のいる研究室では“SLTA病”と言っています。
SLTA病の定義としては
評価をSLTAに頼りすぎ、特に点数に注意が向きすぎ、質的な評価がおろそかになること
といったところでしょうか
結構な数のSTが罹患していると思われます。
私もかつて罹患していましたし、今も完治しているとはいいがたいです。
深刻な病です。
それもこれも、STがSLTA以外の神経心理学的検査を行うことが少ないことが原因です。
昨日書いたように、病気の背景には検査キットをなかなか買ってもらえない、ということがありますが、
ST側にも要因があるように思います。
明日はその点をお話していこうと思います。
言語聴覚士が行う検査~実際に行われている検査~
はじめまして、karashirenkonです。
昨日はスクリーニングに行う検査について説明させていただきました。
が、あとから面白くないものを書いてしまった…と少し後悔しました。
昨日書いたようなことは、教科書には書いてありますから。
このままの調子で書き続けていると教科書的な内容から抜け出せなくなると思いまして、
教科書には書かれていない、臨床現場の現状を絡めながら検査の説明をさせていただきます。
コロコロ趣向を変えてしまいすみません。
神経心理学的検査は数えきれないほどあります。
有名なものは保険点数が取れる(=保険診療として認められている)ものですが、
「あんな有名なのに保険点数取れないのか!」というものもあります。
他にも、一部分野では頻繁に行われているが門外漢には全くといっていいほど知られていないもの、
開発した研究グループしか使っていないもの、
などなど。
言語聴覚士の養成校では、有名どころの検査は一通り練習をします。
ところが、実際の現場で実施されている検査は、
昨日お伝えしたスクリーニング検査の他に、
(1)失語症の症状を細かく評価できる、標準失語症検査(SLTA)
(2)非言語性の知的機能を評価する、レ―ブン色彩マトリクス検査(R-CPM)
これだけだったりします(いずれも保険点数が取れます)。他にも、有名な検査で、保険点数が取れるものはたくさんあるにもかかわらずです。
なぜなのか?
一つは、言語聴覚士の勤め先である病院や施設などでは、神経心理学的検査用具をいくつもいくつも買ってもらえないことが多いということが挙げられます。
神経心理学的検査の用具というのは、なかなか高価です。
たとえば、上述の
(1)SLTAは検査セットだけで45,360円、
(2)R-CPMは検査テキストだけで21,600円もします。
さらに、知能検査として有名なウェクスラー知能検査(WAIS-III)はセット全体で140,000円を超えます。
※値段はすべて現時点のものです。
どれも開発に大変な労力がかかっているし、その利用価値を考えれば高価なのも仕方がないと思います。
しかし物品購入の許可をする人がリハビリ外の人物である場合、その価値はなかなかわかってもらいにくいものです。
たとえばSLTAの検査セットの中身を門外漢の方が見てみると、マニュアル本、絵や文字が書かれたファイル、文字の書かれた大小のカード、文房具セット、にしか見えません。
なぜこんなものがこんなに高い値段がするのか?
これ本当に必要??絶対に買うべきものなの???となるわけです。
SLTAとR-CPMは、失語症の患者さんの多くに実施することができる検査です。
保険点数も取れます。
そのため、SLTAは頻繁に使う検査です!保険点数も取れます!などと説得材料があります。
また、SLTAは養成校でも一番練習してくる検査ですから、言語聴覚士も自信を持って購入の必要性を訴えることができます。
しかしその他の検査となると、実施できる患者さんが多くなかったり、保険点数が取れなかったり、そもそも言語聴覚士自身もその検査に慣れていなかったりするため、説得の声もどうも小さくなりがちです。
その結果、多くの言語聴覚士が持っているのはSLTAとR-CPMだけで、その二つばかりを行うことになります。
その結果生じる弊害についてを明日書かせていただきます。
言語聴覚士が行う神経心理学的検査~スクリーニング~
はじめまして karashirenkonです。
前回前々回と、なぜ神経心理学に興味を持ち言語聴覚士になったのかを、名刺代わりに書かせていただきました。
今回からは少し趣向を変えて、いくらかでも臨床に役立つことを書かせていただこうと思います。
今日から数回にわたって、言語聴覚士が実施する神経心理学的検査について、その概要と注意点を書かせていただきます。そののちに、現場で起きている問題点を挙げていこうと思います。
今日はスクリーニングに関する検査です。
スクリーニングとは、患者さんとほぼ初めて対面するときに、その人がどんな神経心理学的問題があるかを、短時間で評価する検査です。
STが患者さんに会う前に、医師が診察ですでに実施していることもあります。
Mini-Mental State Examination(MMSE)
長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
この二つが代表的な検査です。
この二つには共通した項目がいくつかあります。
まずは見当識(けんとうしき)に関する項目です。
今日が何日であるか
今いるこの場所はどこであるか
こういった認識は一言で見当識という言葉で表されます。
長谷川式では答えられない場合、3択で尋ねて当てられるかも評価します。
もう一つ重要な共通項目は、短期記憶の項目です。
互いに関係のない3つの名詞を一度に聞かせ、少したってから、“さっきおぼえた3つの言葉はなんでしたか?”と尋ねます。
答えられない場合は、その言葉のカテゴリーをヒントで与えたり(動物に関する言葉でしたよ、など)、それでも答えられない場合は3択で尋ねます。
他に検査者が言った文を復唱する、みせられた物の名前を言う、簡単な引き算、図形の模写、1分間のうちに野菜の名前をできるだけたくさん挙げる、などがあります。
二つ検査はともにあまり特別な道具が必要なく、検査用紙はインターネット上で入手できるので、比較的実施しやすい検査である、というのも共通する利点です。
ただし注意があります。
この二つの検査はともに言語性の項目が多く非言語性の項目が極端に少ないという欠点があります。
これはどういうことかというと、
検査で患者さんにしてほしいことを伝えるのに言葉を使わなくてはならず、
かつ、患者さんも反応はことばを使ってしなければならない検査である、
ということです。
たとえば上記で挙げた見当識の項目ですが、
今は何日ですか?ここはどこですか?と言葉を使って尋ねます。
もしも患者さんに失語症や難聴があったりすると、質問を正しく聞き取れません。
また、患者さんに失語症や構音障害があってことばを正しく言えないと、質問の内容はわかっていても正しい答えを発することができません。
言語障害があると軒並み点数が低くなり、点数だけみると重度の認知症の方と変わらない成績になってしまうのです。
言語障害がある場合は、他に非言語性検査を実施することを検討することになります。
次回は失語症に関する検査についてお話いたします。
神経心理学との出会い 大学生編
はじめまして karashirenkonです。
昨日から自分の神経心理学との出会いを書いております。
今日はその大学生編を書かせていただこうと思います。
高校生だった私はNHKの番組『脳と心』で神経心理学と出会いました。
しかしそれはどこで学べるのか?全くわかりませんでした。
今と違ってインターネットのない時代です。
一介の高校生が得られる情報は非常に限られていました。
いろいろと調べましたが、どうやら心理学の一分野であるという答えにはたどり着けました。
が、当時心理学といえば臨床心理学が花盛りの時代で、神経心理学の詳細についてはなかなかたどり着けません。
調べている間に少し道がそれてしまい、動物行動学に向かっていました。
刷り込みなど、生物の行動を研究する分野ですね。
それで理学部に行こうとしていました。
結果として理学部には行くことなく、某大学で心理学を専攻する大学生になりました。
ようやくそこで神経心理学の授業があり、学びたかった学問に近づきました。
卒業が近づき、卒論も神経心理学に関するものを選んだりしているうちに、この学問を使える職業はないかと考えるようになりました。
このころになると、インターネットも普及してきて、高校生の頃よりもずっと多い情報を得られるようになってきました。
そして、神経心理学に関係する仕事として言語聴覚士というものがあること、
ちょうど国家資格化されるという情報を得たのです。
高校生時代の希望にやっとたどり着いたのでした。
神経心理学との出会い 高校生編
はじめまして、karashirenkonです。
このブログのタイトルにもある、言語聴覚士と神経心理学に自分はどのように関わることになったのかについて、今回書かせていただこうと思います。
これを話すと年齢がばれるのですが、私が高校生の頃、NHKスペシャルのシリーズもので、“脳と心”という番組がありました。
このシリーズ中の記憶の回に、重篤な記憶障害を呈した若い男性が紹介されたのです。
彼は弁護士を目指すほどの優秀な方でしたが、脳の疾患により少し前の出来事もおぼえていることが難しくなってしまいました。
しかし彼は全く記憶の機能をなくしてしまったわけでなかったのです。
彼には手続き記憶の機能は残されていました。
記憶は大まかに、陳述記憶という言葉で説明できる記憶と、言葉で説明できない非陳述記憶の二つに分かれます。
陳述記憶には海馬の機能と関係がありますが、非陳述記憶は大脳基底核や小脳が関係するなど、機能だけでなく機能をつかさどる場所も異なります。
手続き記憶はこの非陳述記憶の一つで、自転車の乗り方や泳ぎ方など、いわゆる技(わざ)の記憶が例として挙げられます。
彼は手続き記憶を活用して、新たに家具職人として生きていくことになった…
という結末でした。
高校生だった私はこの番組を観て、非常に衝撃を受けました。
記憶にはいろいろな種類があること
ある記憶は重篤な状態であるのに、一方の記憶は保たれいること
保たれている機能から、新しい可能性を見いだせること
そういったことが高校生の私には興味深く、脳の機能を勉強したい、関係する仕事につきたい、と思うようになりました。
この番組で扱ったこと、それこそまさに神経心理学だったのですが、当時の私にはそんな名前の学問があることを知りませんでした。
また、言語聴覚士という仕事はまだ国家資格化されていませんでした。
次回は大学生編を書く予定です。
ブログ開始のごあいさつ~臨床にもっと神経心理学を~
はじめまして
karashirenkonと申します。
言語聴覚士という仕事をしています。
言語聴覚士という仕事をご存知の方はどのくらいいらっしゃるでしょうか?
ことばを聞くこと、ことばを理解すること、ことばを話すこと、食べたり飲みこんだりすることに困っている方に対し、それらの機能の評価やリハビリを行う仕事です。
これらの障害を主に、大学院で研究してきた神経心理学を生かして、言語聴覚士の先輩方や医師をはじめとする他の医療者、そして患者さんからさまざまなことを教わりながら、ほそぼそと臨床に関わったり研究したりしています。
では神経心理学とは?
ざっくり説明すると、上記で挙げたような認知・行動面の障害を、脳の機能から研究する学問です。
言語聴覚士にとっても重要な学問ですが、臨床の現場では必ずしも神経心理学の考え方が十分浸透していなかったり、苦手と感じている人もいたりすると感じています。
そこで言語聴覚士の立場から神経心理学に関するお話をいろいろつづっていくことで、言語聴覚士を目指す方や現役の言語聴覚士の方に、少しでもお役に立てればと考えております。
特に私が仕事や研究で対象としている神経心理学的検査について、少し多めにお話していこうと思います。